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ごまめのはぎしり


2018.9.18

理想と現実
わたくしの時計は1時間早く設定されていました。
どうりで「なんかおかしいなあ」…「なんかずれてるなあ」…と、このところひしと感じていたのは、ただただわたくしの勘違いで、勝手に1時間だけのサマータイムを実行していたのです。
ときどきジュエリーケースから引っ張り出すこの時計は、わたくしの祖父が母の18歳のお誕生日にプレゼントしたといういわれのもので、繊細なデザインの手巻きアンティークです。付けていた本人がもはやアンティークのような存在になり、「小さくて見えない」という理由から100m先からでも見えそうな文字盤のバカでかい無粋な柱時計と交換で、随分前に私の手元にやってきたのです。
わたくしは100年くらい前のものが大好きで、家の中もアンティークのテーブル、椅子などがありますが、正直申し上げて全く実用的ではありません。素材はマホガニー、脚は猫脚でとっても華奢です。問題が生じた際のメインテナンスは大変です。わたくしが腰掛けるのは全く問題ないのですが、我が家にいる超90kgのベター・ハーフは触ることさえ憚られたので、気の毒になり、日常使用としてミッドセンチュリーのどっしりとした家具に変えました。…ということから、わたくしの愛する華奢な家具はトランクルームに収まっています。
「愛する様式」と「利便優先のカタチ」。わたくしたちは、無意識にT.P.Oによってこれらを選択していますが、この2つの要素をうまく融合させた「モノ」に出会ったとき、「我が意を得たり」と感慨にふけるのでしょうね。。。。

2017.10.24

キミハナニヲオモウ
みなさんは黒い顔の羊を見たことがありますか?
わたくしは、夏休みに「イヤ」というほどこの黒い顔の羊さんをみました。
*ちなみに「吉田羊」ではありません。
草を食む羊さんの横に車を停めると、こちらを「ボヤ〜〜」と眺めてまたお食事に戻ります。ただただ、ひたすら口を動かします。背中はグリーン、ピンク、黄色、赤…と、とってもカラフルなヘアダイをしていて、どうやらオーナーさんが一目で分かるように工夫されているようです。
アニメのキャラクターにもなっている無口な羊さんですが、時々聞き慣れない言葉を発します。ゲール語なのか造語なのかわかりませんが、何とも愛らしい黒い顔はわたくしのカメラにたくさん記録されています。
同じように、わたくしのカメラには牛もたくさん記録されています。柵の向こう側で草を食んでいる牛に声をかけたら、5〜6頭近づいてきます。あまりにも大きな体に圧倒されて這々の体(…というほどでもありませんが)で逃げ出しました。むやみに知らないヒトに声をかけては行けないという教訓を学んだ夏休みです。
知らない人と言えば、ずいぶん昔に夜「赤坂」を歩いていたら、見たことのある人に遭遇しました。「あら!、この人知り合いだわ」と思ったのですが、何だが様子が違います。周りにたくさんの人が取り巻いていたり、物騒な感じで、なんだかただ事ではありません。安全を期して、声はかけませんでした。
数週間してスイッチのついていたTVを何となく見たら、赤坂で遭遇した人が出ていました。「あ〜。そういう人だったのか…」と合点がいき、声をかけなくてよかったと自らの判断力を誇らしく思ったものです。
数ヶ月して、その人の名前が「タチ…」なんとかという人で、刑事役を演じる人だとわかりました。どうりで、髪の毛がテカテカしていて、有名人のようだった、と無理矢理こじつけて納得しました。

2017.0601

さて、第2弾です。
年を取ると昔のことを良く思い出すようになります。
5月30日(火)のキャリア開発演習Aの授業にお招きした方の回想話しでわたくしも、とあることを思い出しました。
大学院に通っていた古のことです。わたくしはなぜか学群〜大学院まで、ず〜と留学生と1軒家を借りて住んでいました。これは本人が望んだ訳ではなく、世相に流され、気づけばそうなっていたのです。
出身国が違えば習慣、解釈、いろいろ違います。
ここでは、奈良のお水取りにフランス人の友人と行ったときの体験談です。
彼女の名はフローランス(わたくしはフローと呼んでいました)。物理の流体力学の博士を取得してから日本にやって来た変わり者です。日本の文化が大好きで、私はよく古寺巡礼につきあわされました。そのうちの一つが奈良の東大寺で行われる修二会で、1200年以上前から行われている法会です。かくもあろうことか、どう考えても由緒正しそうなその行事にわたくしの親友は「連れて行け」と言ったのでした。
新幹線のチケットは難なく取れました。宿は「梁山泊」という物好き研究者が宿泊するとってもマニアックなところを紹介していただき、「お風呂・お手洗い共同、雑魚寝」、すなわち格安料金で泊まらせていただいたのです。わたくしはこれだけでも参ってしまい、寝不足でしたが、フローの元気ぶりは絶好調です。彼女にとってまさしくこれが「ざ・にっぽん」だったのです。
3月12日深夜、いよいよ大木のお松明があがり始めました。彼女の興味は2月堂に集中し、どんどん前に進んで行きます。もうこうなったわたくしの声など耳に入らず、警備のおじさんのことも無視です。燈籠に足をかけ、木によじ上って落っこちそうになり、もうメチャクチャです(不信心きわまりなくて申し訳ない)。「そこの人、危ないから木から降りて!」という警備のおじさんの声に彼女が振り向くと、「だめだ、日本語がつうじんわ」とおじさんも混乱状態でした。わたくしは「警備のおじさんごめんなさい」と心の中でつぶやきながら、“他人です”」を決め込むしか、仕方がありませんでした。お松明11本目があがったクライマックス。フローはその真下にいて、お松明の明かりに照らされながらこちらを振り向き、「ニンマリ」とご満悦な表情です。
それから後の記憶はぷっつり…。帰りの新幹線の中の会話もフローが一方的におしゃべり。わたくしの頭の中は極細の糸が絡まったような状態で、意識が遠のいていました。
もう二度とできない希有な体験でした。

いのうえともこ


2017.0412

回想。
突然ですが、コラム復活です。
今から6〜7年ほど前にぼやきのような独り言をコラム化していたのですが、特別な理由もなくやめていました。
今回ソーシャル学科主任の井上貢一先生に「ページを準備します」とお誘いを受け、まんまとその手に乗ってしまったワケです。
ま、コトのいわれはともかくとして、久々の登場です。

さて、今回はとあることを思い出したので書いてみました。
きっかけは、自動車免許を取得する予定の4年次女子学生との会話です。
彼女に残されたハードルは「学科試験」のみ。そこで自動車試験場のエピソードを思い出した次第であります。

12〜3年前のこと。福岡の土地勘に疎いわたくしが無謀なことに自動車試験場での免許更新にバスで行こうと思いついたのが始まりです。乗客はどんどん減り、ついに私一人になりました。車窓からの景色を楽しんでいると、突然静寂を破るダミ声がしたのです。
「お客さんどこまで行くの?」…。これはバスのドライバーさんからのお声かけでした。「もう、終点で、車庫に入りますけど…」。
「あれ?自動車試験場には行かないんですか」とわたくしが質問すると、「試験場行きは別のバスです。ここで○○番のバスに乗り換えて○○停留所でおりたら、すぐにわかりますよ」
「はあ〜。○○番のバスに乗って、○○停留所で下車すれば、自動車試験場に行くことができるんですね。メモります」…。
「いや〜、違いますよ、間が抜けてる。私にメモを貸してください。書きますから」
「ありがとうございます。…ところで何時にバスは来ますか?」
「ここのルートはバスの本数が少ないから、だいぶ待つと思いますよ」
「はあ〜。そうですか…。タクシーは通りますか?」
「タクシーは殆ど通りません…」
「はあ〜」
「…」
わたくしがバスのステップをおりようとしたところ、ドライバーさんが自責の念に駆られたのか、「いいですよ、近くまで乗っていってください」と言ってくださいました。
「へ!あ、ありがとうございます」とまた、ずうずうしくも踵を返して一番前の席に座り込み目の前の銀色の横棒を握りしめ、親戚のおじさまを相手にするように世間話をしながら無事自動車免許試験場のそばまで行くことができました。
「あれですよ」と指差し確認までしてくださったドライバーさんに、「さすが、職業柄」と心の中で感心しながら丁重にお礼を申し上げ、「料金はおいくらですか?」とお尋ねしたところ、「いりません。ルートから外れてますから」とお答えになりました。
今は、お名前も覚えていないのですが、土地勘がない上に救いようのない方向音痴のわたくしに無料でバスの貸し切り使用までお申し出いただき、ワンポイント博多弁講座まで即席開設してくださったこのドライバーさんをわたくしは後光に照らされた神のごとくながめ、感謝と羨望のまなざして拝んだ記憶がよみがえってきました。
ちなみに、そのころお教えいただいた博多弁は、その後使うこともなく、記憶の坩堝に落ち込んでしまいました。

いのうえともこ



Last-modified: 2018-09-18 (火) 13:07:32 (273d)